鍋パーティーにて。
私と私の兄弟を評するときのフレーズに(おそらく言っている人々は褒め言葉として認識していると思われるのだが)「日本語が通じる」「言葉が通じる」というのがけっこうしばしばある。思うに、この言葉の裏には、「普通の場合、日本語が通じないはず」であるというかなり不思議な前提条件があるように思われる。もちろん、これが、非日本語民族に対する言葉であれば、簡単に意味は通じるフレーズである。しかしながら、少なくとも、我が家の祖先を3〜4世代前までの遡っても、非日本語民族の血が混じっているという話は聞かないし、どこかの国へ移民したという話も聞かない。。。。昨日も、にこにこ笑いながら、「そうですか?どうもありがとうございます」とか言ってはみたものの(そもそも、ここでお礼の言葉を述べている時点で日本語なのか?という疑念はよぎるのだが)常々謎を感じるフレーズである。。。。